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2008年11月

2008年11月24日 (月)

【阪急電車】西宮北口~嵐山間臨時列車を撮影

これも18日の話。

Dscn6577s 僕が子供の頃から大好きな阪急電車。嵐山誘客キャンペーンの一環として、神戸線の西宮北口から梅田から折り返して京都線・嵐山線を通って嵐山まで直通する列車を今月17~21日の間走っておりました。

Dscn6574s それを撮影すべく、前回の0系を撮影した後、実家で朝食を摂って、武庫之荘へ。神戸線で撮影するにはどこがいいかと考えたのですが、ここしか思いつきませんでした。西宮北口で見送ろうかとも考えたのですが、見るより撮ったほうがいいと思って神戸方面ゆきホーム神戸方に三脚を立てました。ここで撮影するのは初めてなので多少不安でしたが、到着30分ほど前に来てシュミレーションがうまくいき、なかなか自分としては納得の行くものが撮れました。

Img_9359s_4 後続の各駅停車に乗りながら、京都線桂で撮ろうと考えて十三で梅田でこの臨時列車が折り返してる間に先行する京都線特急に乗り換え。桂である程度何とか撮れると思っていたのですが、行ってみると入線するのはなんと「C号線」。これでは2・3号線ホームから撮るのは無理なので、自分の読みが浅かったと悔やみながらC・1号線でかぶりつきを撮影しましたが、ピントが甘いものになっていました。

当初は後続の嵐山線電車で行くつもりでしたが、嵐山まで乗っていくことにしました。乗客は平日にもかかわらず、座席は大体埋まって立ち客がまあまあいる程度。客層も僕のようなファンと行楽客が半々といった感じ。

Dscn6575sDscn6578s 嵐山に着くとその中のファンが先頭に殺到。ヘッドマークか方向板か分かりませんが、それを撮るためです。しかし、梅田方は早々に外され、反対側もある程度喧騒が収まったところで撤去。電車はこのまま、西宮北口行きになるまでホーム留置です。

Img_9380s 方向板?ヘッドマーク?が外されて残念ですが、神戸線の車両7000系7017Fが嵐山にいることを記録しようと何枚か撮影。そのうちに京都線の車両唯一の方向板を使用する2300系2308Fが到着。その並びを撮って、その2308Fに乗って撤退しました。西宮北口行きも撮るなり乗るなりしたかったですが、如何せん実家で用事があったので泣く泣く実家に戻ったのでした。

ところでこの列車の方向板?ヘッドマーク?は方向板がまだ全盛のころの仁川~梅田間の競馬臨時急行を僕は思い出します。仁川|臨急|梅田と書いてありました。それを思い出して非常に懐かしく思いました。今津(北)線にはまだ方向板をつけた3000系がまだまだ走っているので、それを使ってリバイバル電車でも走ってくれると面白いかなと勝手に自分で想像しています。

2008年11月20日 (木)

【とりてつ】六甲トンネル新幹線記念公園で0系の撮影

Img_9343s 18日のことです。

鉄道ファンであれば、子供の頃によく「でんしゃを見に行った」場所があると思います。僕もあるといえばあります。

新幹線電車0系があと10日ほどで定期運用から引退します。7月に発売されたネコパブリッシングの「お立ち台通信Vol.2」には特集として0系の撮影地がいろいろと載っています。その中でふと見慣れた風景の写真に出くわしました。それは兵庫県西宮市にある山陽新幹線新大阪~新神戸間の六甲トンネル大阪側の出入り口上にある新幹線記念公園。実を言うとそこは僕の実家から徒歩7分ほどのところにあり、まさに僕が子供の頃「しんかんせんを見に行った」ところなのです。一眼レフを持ってから何度か撮影に来たことはありますが、まさか、ここが本に載るとは思ってもいませんでした。子供の頃から親んでいるところが載っているとなると撮影に行かない手はありません。

17日、僕は仕事を終えてすぐ武生から実家に帰りました。18日は6:30に起床し、7:00過ぎには現地に三脚を立ててました。0系の新大阪7:59発の「こだま」639号を撮るためです。ここは地形上、六甲山系につながる上ヶ原台地が始まるところで見晴らしがよく、天気がよければ大阪・梅田の高層ビル群や弁天町のオーク200まで見えます。昨日は天気がよく、日の出後すぐに行ったのでなんと朝焼けの中から生駒山系の山並みまで見えました。

待っていると上り列車(東京方面行き)が近づくと後ろから地響きがし、下り列車(博多方面行き)が近づくと遥か向こうの高架の果てからヘッドライトが光ってそれが近づいてきます。子供の頃、これらを感じた瞬間「あっ、来た!」とわくわくしたものです。撮影のシュミレーションや待機をしているとそのような気持ちがよみがえります。

僕が子供の頃は当然ここで待っていると来るのは0系ばかりでした。今と違って列車の本数も少なく、散歩がてらに行くので見るとすれば上下どちらか1本だけ、時間があれば上下1本ずつくらいでした。中学になるとこの前の道が通学路となります。当時は100系が最新車両で通学途中に100系が見られるとなれば、気分よく登下校できました。家族で犬を飼っていたのでその散歩と言う名目でポケット時刻表片手に見に行ったことも何度もあります。そんな新幹線公園で0系が見られなくなると感慨深いものを感じます。

撮影はちょっと力が入りすぎて架線柱のビームが手前に写り、しかもスカートが少しそこに隠れてしまいました。ただ、高架下の沿道にある桜並木が紅葉していていい脇役にはなってます。でも、ここで0系を撮るのは最後なので、その辺気にせず、ただここで撮れた事だけで満足でした。

2008年11月17日 (月)

【のりてつ】旧津山機関区扇形庫のDLたちと「みまさかスローライフ列車」(その3)

さらに昨日の続きです。

急いで津山駅2番線ホームに行きましたが、時すでに遅し。なぜか金曜日というのにホームはすごい混雑。列車が到着し、ドアが開いてその前に並んでいた列に続いて入っていくと窓際の席は空いてませんでした。仕方ないのでエンジン付近と思われる通路側に進行方向反対向けに座る羽目に・・・平日なのでワンボックス占領くらいできるだろうという甘い推測は見事に打ち砕かれました。

列車は津山駅関係者や観光協会の関係者の方々に見送られて定刻に発車。因美線の津山~智頭間の各駅に停車していきます。その中でも下りは美作滝尾・美作加茂に20分以上の停車。東津山→高野と停車し、美作滝尾に到着。

Img_0474 Img_0472s 美作滝尾の駅舎は映画「男はつらいよ」シリーズでロケ地になったことで有名です。ここには26分停車。駅前広場にはテントの露店が出ていてそこでは津山藩に献上したと言われる堀坂米で作ったおにぎりが2個200円で販売されてました。これを買うとポン菓子と柿とみかんどれか一つをつけてくれるとのことで、僕はこれをお昼にしようと2パック買ってみかんとポン菓子をもらいました。駅舎の周りを見ているとかなりの賑わいで、この駅舎の郷愁に浸る状態にありませんでした。今度、普段着のこの駅を見てみたいものです。

Img_0516s Dscn6552s 間に三浦に止まって美作加茂に到着。ここでは38分停車。踏み切りを渡って駅舎の横ではゆずの入ったうどんが1杯300円で100杯の限定販売。思わず列に並んで食べました。駅舎の中では豚丼・鶏丼がそれぞれ300円で売っていたのでこれも思わず買いました。しかし、これは帰りの新幹線の中で食べました。駅舎の外に出ると地元特産品を販売する「ふるさと市場」が開催されてこちらもかなりにぎわっていました。美作加茂の駅舎は最近建て替えられたようで綺麗なのですが、その佇まいが以外にクラシックな木造駅舎だったのです。これもこの喧騒がない時にゆっくり見てみたいものです。

  Img_0489s_3Img_0485sImg_0483s_2列車に戻るとキハ28 2329の先頭にまたもや急行「砂丘」のヘッドマークを付けてにわか撮影会をしていました。さらにその横では乗客のファンが持ってきているのかサボをいろいろと換えてこちらでも撮影会状態でした。

Img_0498s

さらに列車は間に知和に止まって次は美作河井に8分停車。あまり時間がないので駅舎を撮影するくらいで発車。長さ3kmほどある物見トンネルを越えて岡山県や鳥取県に入ります。那岐→土師と止まって終点・智頭に到着。到着前に信号待ちをしたため、少し遅れました。折り返しも少し遅れて発車です。片道だけの乗客が結構いたようで車内は少し空いて僕は近くに空いたボックスへ移動しました。再び土師→那岐と止まって美作河井に到着。定刻なら25分の停車です。

Img_0501s Img_0502s ここには除雪車を方転するための手動の転車台があり、見学することができました。駅周辺の山々は紅葉していて、綺麗に色づいていました。

Img_0507sImg_0494s

ここでも駅前では地元産品がたくさん販売されていました。地元産のそばを使った割り子そばが限定販売されており、ここでも列に並んで食べようとしましたが、転車台を見に行ったあとで遅かったためか僕の目の前で販売終了。仕方ないので地元産のりんごを使ったアップルパイを買って車内で食べました。ここ美作河井は大学生の頃に来たことがあります。その頃は急行「砂丘」がこの区間で各駅を通過しながらタブレット授受を行っていました。それを見に来たのです。当時は行き違いができる駅で本当に生き生きとしていました。しかし現在、急行「砂丘」が廃止され線路は1本になり、使われなくなった線路は草生して錆びていました。このほかに高野や那岐を見ても同じで「兵どもが夢の跡」という言葉がふと頭に浮かびました。

列車は美作河井を定刻に発車。また間に知和に止まって美作加茂に到着。またもや長時間停車で25分の停車。「ふるさと市場」で売っていた焼きそばでも食べようとしましたが、ここも売り切れ。ほかの商品も売り切れていたので少し手持ち無沙汰で停車時間をすごしました。

三浦→美作滝尾→高野→東津山と止まって終点・津山へ。あいにくの天気でしたが、十分に楽しめました。キハ58・28に乗るために乗ったのですが、ふたを開けてみると地元産品に目が行っていろいろと食べ歩いてしまいました。まあ、それでも思わぬ副産物として楽しめました。また、機会ができれば扇形庫とDLをみてこの列車に乗りたいものです。

2008年11月16日 (日)

【のりてつ】旧津山機関区扇形庫のDLたちと「みまさかスローライフ列車」(その2)

昨日のつづきです。

Img_0445s 懐かしの鉄道展示室をみたあとは扇形庫です。岡山県で唯一残り、日本で2番目の規模を誇る扇形庫です。それだけあってやっぱり広くて立派です。この中にずらりと機関車が並んでいれば壮観でしょうが、そういうわけにはいきませんね。そういう風景を想像するしかありません。

Img_0398s Img_0397s_2 転車台は昭和5年に設置されたもので、現在も使用されていて、このときも実際に動かしてくれました。しかも転車台に載っているレールは「1922.....UNITED STATES....」と刻印された年代ものでした。

Img_0417s_2 Img_0419ss 次にお待ちかね3両のDLです。扇形庫内にはDE501をはじめ、DD511187、DE101が展示されております。この展示のメインはDE501です。この機関車は以前、当時の津山鉄道部岡山気動車支区の隅にずっと佇んでいて、僕はそれを横を通過する山陽本線や新幹線で通るときにちらりと見るだけでしかもさびが浮いてぼろぼろの状態でした。そんな姿しか見たことがないので、初めてこんなきれいな姿を見ました。

Img_0405s Img_0406s DD511187は主に山陰本線で活躍していたとのこと。恐らく「出雲」や「だいせん」を引っ張っていたのでしょうね。DE101はもともとJR四国の多度津工場で保存されていたものをこの展示のために持ってきたもの。一度多度津工場の公開日に僕は見たことがあります。いわばレンタルなのでいつかはここからいなくなると思いますが、代わりにどこからかDE10をもってくるのでしょうかね。どちらも同型機は現在も大活躍中なので、目新しい気もしませんが、近くによってじっくり眺める機会もないので、これはこれで見ごたえはありました。

Img_0414sImg_0435s_2  ところでディーゼル機関車をこれだけ並べて展示しているところはないでしょうね。しかも、DE50が量産化されていればDD51がこれだけ日本全国に走ることもなかったはずで、ここのその2両が並んでいるのもなにか因縁めいたものを感じてしまいます。この3両のDLを見られただけで非常に僕は満足できました。

Img_0451s Img_0459z さて、懐かしの鉄道展示室の前には留置線があり、そこにはこのあと僕が乗る「みまさかスローライフ列車」に使われる国鉄色に纏われたキハ28 2329+キハ58 563が待機中。それを利用してキハ28の先頭部に昔の急行「砂丘」のヘッドマークを付けて出庫までちょっとした撮影会状態でした。これを眺めたり撮ったりしているうちに気がつくと出庫時間となり、あわてて津山駅に行きました。

次回は「みまさかスローライフ列車」に乗車します。ご期待ください。

2008年11月15日 (土)

【のりてつ】旧津山機関区扇形庫のDLたちと「みまさかスローライフ列車」

1週間以上前のことで大変恐縮ですが、旧津山機関区扇形庫とその中に保存されている3両のDLと因美線を走る「みまさかスローライフ列車」に乗ってきました。

Dscn6549s 当日は津山駅前の観光案内所前に10:00集合ということで、自宅のある福井県越前市の最寄り駅・北陸本線武生駅早朝4:19発の急行「きたぐに」で出発。新大阪で山陽新幹線「ひかりレールスター」447号で岡山へ。津山線に乗り換え944Dで9:37に津山到着。起床が3:30ということもあり、前夜はなるべく早めに床に就き、列車内ではなるべく寝るように心がけました。

Dscn6550s 集合場所に行ってみると金曜日にもかかわらず結構参加者が集まってました。一般に公開されていないので事前に申し込みをしないといけないのですが、僕が申し込みをした時点で50人ほど集まってるとは聞いていたのですが、当日集まったのは100人ほどです。僕のような鉄道ファンと中高年の旅行者が半々くらいの割合でした。

Img_0376sImg_0385s_2 集合時間10:00になると津山駅の助役さんや津山鉄道部の部長さんらに引き連れられて、まずは「懐かしの鉄道展示室」へ。機関区の詰所のような建物を改装して2つの部屋に所狭しと鉄道に関する部品や切符などが並べれられていました。その中でも僕が興味を抱いたのは鉄道OBの方による本物の通票閉塞器を使ってのタブレット扱いの実演。写真左右の閉塞器が連動していてちゃんとゴングがジャンジャンなって、タブレットの出し入れも連動に合わせて出し入れできるようになっていました。

さて次は扇形庫と転車台、そして3両のDLを見るのですが、それは明日以降にさせていただきます。乞うご期待です。

2008年11月 1日 (土)

いくつになっても鉄道少年なブログをはじめます。

みなさん、\(^o^)/こんばんは!

私はいくつになっても鉄道少年のヒロタです。

このタイトルは僕がこれからの人生のモットーにしたい言葉です。

いつまでも鉄道少年の気持ちを大切にしていきたいと思っています。

とはいえ、気まぐれに気の向くまま、徒然なるまま、鉄道を追っかけて

こちらに記していこうと思います。

こちらにお越しのみなさま、これからどうぞよろしくお願いします。

では、いくつになっても鉄道少年― ヒロタ君のブロク、出発進行!!

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